ありきたりな言葉たちの行く末。

僕の言葉は誰にたどり着くのか。

我思う

『我思う故に我あり』


この言葉は名言だ
高校生時代、もう10年ほど前になるが、授業で
無矛盾な自己の存在証明だと学んだように思う
世界を思う我は、世界を確かに思っている何かとして
確かにここに在るのだから、我がその何かとして在ることは否定できない
といった論旨だったように思う


他者に向かう思いを以て自我の存在を認められるということか