ありきたりな言葉たちの行く末。

僕の言葉は誰にたどり着くのか。

対価

●復興へ。
色々と大変なことが起きてますね。
まずは亡くなられた方へのご冥福と、今生きている方の健康を願います。
電力、電話、交通網、医療、食糧、自衛隊等々の関係者の方々は
非難を気にせず頑張ってください。頑張っているのは分かってることなので。
胸を張って作業にあたってほしい。感謝感謝です。
(遠方にいる人間には募金ぐらいしか出来ないもの。)


被災されたところには、
もう向こう100年は安全だと、そう期待してこれから発展してほしい。
原発は状況によるけど、土地が絶対安くなるので、またそこに工場でも
作ればすぐ発展すると思う。人に害なんてそんなにないよ。
遅くても来年ぐらいが底でしょう。
それ以上底が続いたら日本人の考え方が悪いと思うよ。


福島は終わった!なんて悲観論者はどうかと思う。
【今から】と、始めなくちゃいけない。
そういうスタンスでないと絶望で立ち止まっちゃうもの。。


まずは何事も一歩一歩。ね。


●対価
色々と情報を見てると日本人は対価という概念に疎いんじゃないかと感じる。
税金は許さん国債で復興しろって言ってる人とか、国債返済するのも税金からなんだけどね。。
子ども手当欲しい、けど税金あげないで!なんてそれ無理。
ただ未来への借金してるだけって分かってるのかと。…あぁ話がそれた。


物的な被害は10兆円規模って言ってるけど国民一人が10万出せば済むんでしょ。。
国からのサービスの相当分を我慢するか、それだけお金出せば良いだけでしょ。
5年ぐらいかけたら楽勝だよね。前向きに行こうって思う。
時給1000円としても、1月に2時間働けばお釣りがくるんだよ。


今回のことも国内で起きたことなんだから国民皆で負担するしかないんだよね。
多少の不自由はしょうがないでしょう。現実考えたら当たり前だよね。
あれも、これもしたい、あれも、これもして欲しいなんて諦めるしかない。


まずはただ生きるということだけを考えて、それが落ち着いてから対価が払えるなら
サービスを受ける、そういったことの積み重ねをもう1度考えた方が良いのかも。
サービスを受けられるのが当り前なんてことはこの世の中にありえない。
電気は無いのが当り前、電車が動かないのが当り前、電話もコンロも水道も家も、
世の中は、それが無いのが当り前のところから始まってるんだ。


これから原発が無くなる方向になるかもしれない。
人間は我儘だから代替手段はもちろん作るだろう。
それはいつ完成するのかな。それまでは停電が当り前とか、
そういった現実に俺らは耐えられるかね。
耐えるか、対価にリスクが求められるか、ただそれだけだけど。
そして新しいものにはリスクがつきものだけどそれを許容できるかな。


ところで、火力発電所やガソリンスタンド用に貯蓄していた石油が
燃えまくったわけだけど、あれにリスクは感じないのかね。
ぶっちゃけどっちもどっちだと思うんだけどな。
石油があるから火事の被害はひどくなるんだと思うよ。
でも石油いらないんじゃない?とは誰も言わないんだよねー。
何でだろうねー。原発もそれと同じなんだって思うんだけどね。